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Day of Dumpling(餃子の日)

 立ちはだかる仕事の壁をえいや!となぎ倒していたら、ある日の予定がぽかっと空きました。これは今しかない!と思い立ち、ある行動に出ました。そう、現実逃避げふんげふん、これしかありません!

 大陸風の本格派餃子作りです。

 毎年冬になると、これからのシーズン用に餃子をいっぱい作り置きをします。焼いても良し、茹でても良し、蒸しても良し、鍋に入れても良いと、我が家では冬の食材として重宝しています。半日もあれば、200個くらいは楽勝で作ることができます。

dumpling_stuff.jpg
これは中身の餡。

 餡を作っている最中はバイオレンスな香りが漂い、とてもお目にかけることができない惨状になりますので、完成したものだけを(これでも結構グロいなぁ…)。

 大学時代からの親友、台湾出身のYouさん(今はなんと、某国立大学の准教授!)に昔教えてもらったレシピをベースに、いろいろ試して良かったアイデアを加えたオリジナルレシピです。
 ニンニクは入れません…というか、本場の餃子にはニンニクは入れません。その代わり、私の家ではニラと万能ネギを入れますが、これらの香味野菜はアクセントとして本当に小量に入れるだけです(それでも香味野菜を入れ過ぎると、味のバランスが急激に悪くなります)。

 フードプロセッサーのおかげで、野菜をみじん切りにするのも楽になりました。葉物野菜が美味しい季節になりましたね。私は白菜とキャベツをある割合でミックスしています。みじん切りにした葉物野菜に塩をかけ、水分を出しながら同時に野菜自体に軽く塩けを付けます。塩をして10分もすれば、驚く量の水が出てきます。
 みじん切りにした野菜の水気を完全に絞りきるのがポイントで、それに使うタオルやさらしは、毎回ビリビリに破れてしまう程です。

 お肉は豚のバラ肉の塊を買ってきて、自分でたたいてひき肉にします。これだけで、普通に買ってきた豚ひき肉で普通に餡を作るより数段美味しくなります。どんなお肉でもフードプロセッサーを使わないほうが、時間はかかりますが絶対に美味しいと思います。食べたときにお肉を感じるのが、美味しさの秘訣だそうです。
 この野菜と豚ひき肉に調味料各種を加えて、色が変わるまでしっかり練り込みます。練り込むのが、美味しい肉汁を得るための秘訣です。この時点で、もの凄く良い香りがしてきます。

dumpling_dough.jpg
そして餃子の皮。
 
 皮も自作です。この生地は、強力粉を鳥がらのスープと合わせ、紹興酒でちょっと香りを付けて、豚のラードを練り込んであります。そうすると、皮自体が大変美味しくなるのです。ラードを入れるのは、焼いたときに皮がカリカリモチモチになるから。

 生地が出来たら、丸めて千切って伸ばして皮を作り、包んでいきます。この過程を楽しむために、餃子作りをしているようなものです。ビバ、単純作業! 小学校時代の図画工作の時間を思い出します。

dumpling_finish.jpg
出来た!

 わ、なんて手作り感満載…。丁寧に作っている時間が足りないので、これで我慢。Youさん曰く「大雑把で良いのよ!味が美味しくって、お腹に入れば同じよ!」とのことなので、先生に習って大雑把です(端が外れて肉汁が流失しなければ良いらしい)。
 不格好でも、以前親しいシェフと大陸出身の方に食べていただいたとき太鼓判をいただけたので、これで良しとします。今回妻のCathyは初めて作ったのですが、私の数十倍も成形がうまいので、なんだか非常に悔しいです。

さあ、味見をしてみましょう!

dumpling_boild.jpg
まずは、シンプルに茹でて水餃子に。

 茹でたこの餃子をお箸でつまむと、小籠包のようにタプンタプンしています。
 中の餡は大変ジューシーで、餃子を噛むと肉汁が滴り落ちるほど溢れてきます。そして、外の皮はつるりと咽を通っていきます。1口で食べないと、中の美味しい肉汁がすべて落ちてしまいます。 
 お肉のうま味、野菜の甘み、アクセントとなる香味野菜の香り、モチモチとした皮…あぁ、苦労が報われる瞬間です。火傷しないように注意しながらハフハフ言いながら食べているうち、あっという間に胃袋の中に消えていってしまいました。

dumpling_fried.jpg
続きまして、焼き餃子。

 香ばしい皮の部分とふっくらもちもちした皮の調和が絶妙です。流行の羽根つき餃子も良いのですが、私は普通に焼いたほうが好きかなぁ(なので我が家に来た客人には、どちらを好むか聞いてから焼き始めます)。餡のジューシーさはこれも凄い。うーん、ビールが欲しいなぁ…。私もCathyも大満足でした。

 久しぶりに餃子を作りながら、ふと思い出したことがありました。

 数年前、私が好きなブログの1つ「タケルンバ卿日記」(画面を下にスクロールすると記事が出てきます)に書かれていて、「まさにその通り!」と膝を打ったエントリーがありました。そこには「料理が出来ない人には共通して行うことがある」と分析をし、「複雑化」「味見をしない」「アドリブを加える」という3つの項目を挙げていました。
 「素材」の味をさらに高めるためにシンプルな味付けや調理法を選べば良いのに、余計なことをして素材の味をダメにしてしまう。味を確かめもせずに、機械的に素材の中に調味料をぶち込んでしまい全体として料理をダメにしてしまう。自分勝手に解釈をして、基本通りに料理をせず、料理をダメにしてしまう…これって、何かの芸能に大変似ていませんか? 

 以前、何で読んだか忘れてしまいましたが「マジックは料理と似ていて、コース料理と同じで、前菜、スープ、魚料理があってメインディッシュがあってと、コース全体を考えて観客に提供しなければならない」といった主旨の文章がありました。言わんとする事は分かりますし、そうできれば素晴らしいでしょう。しかし、私はこの文章の主旨は「半分当たりで、半分ハズレ」だと思います。
 マジックと料理は似ている部分があります。ここまでは当たりです。しかし、その後半部分は、あまりにも言葉が足りなさすぎると思うのです。

 料理を提供するには、まず大前提として「素材」そのものの味を知らないといけません。旬の時期と季節外れの時期では、同じ野菜でも味がまったく違います(冬キャベツと春キャベツでは、同じキャベツですが、それぞれに向く料理、向かない料理があります)。その差が分からないと、料理の出来としては善し悪しが出てきてしまいます。これを知ることが「味」を知る第一歩なのだと思うのです。
 マジックなら、1つ1つの作品が「なぜ不思議なのか?」とか「なぜ効果的なのか?」「どういう条件下で演じたら、効果的に見えるのか」ということが分からなければ、まずそのマジックを作者の意図通りに演じることは難しいでしょう。
 
 そして、次に基本的な「味付け」を知らなくてはなりません。「あまい、からい、にがい、しょっぱい、酸っぱい」といった味付けを知らなければ、素材の「うまみ」を引きだすためにベストな調味料を選んだり、使用したりすることは出来ません。
 本当にその素材の味を引きだしたいのなら、必要以上の味付けは一切不要です。上記のブログにもありますが、最高品質であるA5ランクの本当に良いお肉なら、良い岩塩を少し振って、肉の脂を溶かすくらいに軽く炙るだけで、味付けは他に何も要りませんよね? これと同じです。“教授”ダイ・ヴァーノン氏が語った「Less is More(少ないほうが、より豊かである)」という言葉にも通じます。
 マジックの世界では、さまざまな古典的な著作の中にその「味付け」方を知るヒントが隠されている、と思います。この考案者は、ある作品でどうしてこの技法を使っているのか、なぜこの技法はこの文脈で使わなければ効果的に見えないのか、といったことは、過去の名作と言われる作品を詳細に分析すれば、そのパターンがある程度見えてきます。
 それが見極められるようになって、初めてある作品をアレンジできる(または、アレンジの必要がないと気がつく)のだと思うのです。しかし、このパターン化もただ機械的に行ってしまうと「味見をしない」料理に成り下がってしまいます。
 
 さらに、自分の「味覚」が確かであること。
 上でも述べましたが、作品によってはもう完成されていて、自分の好みにハンドリングを多少変えるにせよ、いじる余地がまったく無い作品もあります(以前、アメリカのカーディシャンであり理論家のダーウィン・オティス氏は、ある掲示板に自分がそう思う作品のリストを発表しています)。こうしたことを理解するには、いろいろマジックを見聞きし、上記の様に自分なりに分析をして、初めて分かることなんだと思います。
 料理だったら、いろいろ食べ歩きをしたり、自分でいろんなレシピを試して、分析して、初めて「これ、おいしい!」と分かるのです。
 ジャンクフードばかり食べていたら、ジャンクで大味な味しか分かりません。逆に、高ければ美味しい料理であるとも限りません。その味はあなたにとっては好物かもしれませんが、他の方には絶対受け入れられない味かもしれません(「蓼食う虫も好き好き」ってやつですね)。それに、流行の味だからといってそれが絶対に美味しい訳でもありません。
 一見古く感じるかもしれない老舗の味には、長年培われた顧客から愛された味の秘密が隠されています。新しい味でも研究熱心な主人が送りだす味には、骨太さを感じます。
 「味覚」を獲得するには、経験という手間暇をかけなければならないでしょう。ここにショートカットは存在しません。この経験を得るという、すべての事象を柔軟に謙虚な態度で受け止め、実地で試行錯誤し、自分なりの分析をし、そこから得た何かを自分の中に蓄積していく作業を絶えず行うには、探求心と向上心が確実に必要になります。こうした心がけが、その人の味に対するセンスを作り上げるのだと思います。センスなんて最初からないのは当たり前、問題は自分のセンスを作り上げ、継続してそれに磨きをかけていく心がけなのだと思います。

 この3つが、まずは料理の基本なのだと思います。優れたレシピやマジックの基本書とは、こうした基本を忠実に守ったお手本なのです。それを守れば必ず美味しい料理ができるのです。
 レシピを守って、それでもそれが美味しくない料理だったのなら、原因は3つに絞られます。1つにはレシピそのものが良くない(解説の仕方が良くないかもしれませんし、そのレシピを作った人がいけないのかもしれません)、2つ目にあなたの味覚に合っていない、そして最後に、作り手にそのレシピを理解したり作るだけの能力がない、ということでしょう。特に、そのレシピを作るとき、勝手に自己流のアレンジをしてしまっていることが無いか注意が必要です(これによって元のレシピが破壊されることもままあります)。ただ、レシピそのものが悪いと決めるのは、一番最後にしてください。
 好きなレシピを繰り返し作っているうちに、その考案者の考え方が徐々に分かってきて、作り手は大切な基本を身に付けることができるのです。
 
 やっとここで「その料理を作って、他の誰かに食べてもらえる」という実行能力が問われます。
 上の3つの基本を学んだうえで、実際に料理を作って火加減、匙加減、料理を出すタイミング(熱いものは冷めないうちに、冷たいものは冷たいうちに)などを初めて知ることができるのだと思います。料理の上手さは、ほとんど段取りの善し悪しにかかっていますから。本当に料理の上手い人は、調理しながら後片づけも一緒にしちゃいますからね。

 そして、完成したその料理を誰かに食べてもらい一言「美味しい」と言ってもらって、初めて料理は完成します。そして、その「美味しい」という一言が、次に作る一皿への活力になるのです。しっかりとした料理を1皿作るのも、実は大変な手間暇がかかるのです。

 頭の中でどれだけ凄いコース料理を考えても、3つの基本のうちの何かが欠けてしまって、きちんとした一皿が提供できなかったならば、どんなに技術的には素晴らしい才能を持ったシェフでも、多分そのコースは失敗です。
 編集が下手な映画監督が作った、冗長で退屈な映画を観ることと同じでしょう。帰り際に観客から「入場料と時間を返せ!」と言われるならまだしも、ほとんどの観客は黙って帰り、黙って二度とその監督の映画には出向かなくなるでしょう。レストランならば、もうそのお客さんは余程のことが無い限り帰ってきてくれません。そして、折角あなたが丹精込めて作った料理も食べてもらえる人がいなければ、何の意味もなくなってしまいます。

 マジックでも料理でも、まずは人様に楽しんで食べていただける「まともな一皿」を作ることが最初の一歩なのではないでしょうか。私は当分「一皿入魂」で行きたいと思います。

 ただただ、私の舌が「馬鹿舌」でないことを祈ります。皆さん、どうぞ召し上がれ。

『ちょっとだけでも魔法が使えないなら、料理に余計な口を出すには及びませんよ』
ーシドニー=ガブリエル・コレット

 
(追記:上記のリンクについてですが、マヨネーズもキチンと使えば、本当に素晴らしいソースですよ。特に自家製のものは本当に美味しい。何事も「Less is more」ですね)
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yuki_the_bookworm  (a.k.a "べたねば")

Author:yuki_the_bookworm (a.k.a "べたねば")
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