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ゆで卵の謎ー『世界のトランプ手品』(Part 2)

Part 1からの続きです)

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 私が小学生の時の話。亡き父が買って放置されていた、古い奇術解説書を持っていました。残念なことに今となっては、その書名も著者名も思い出せません。そこに「卵の読心術」といった感じの題名で、一風変わったマジックが解説されていました。
 1組のトランプから1枚のカードを観客に選んでもらいます。そうしたら、マジシャンはおもむろにゆで卵を取りだし、観客に手渡します。ゆで卵にオマジナイをかけてから、観客に殻をむいてもらうと、なんとゆで卵のつるりとした表面に、観客が選んだカードの名前が現れるのです! 不思議なマジックだと思いませんか? もちろん、ゆで卵は事前に観客に調べてもらうことができ、その表面には傷1つ付いていません。



 このマジックの解説は、国内外の文献を読むとほぼ一致しています。1558年に出版された『Natural Magick book 2』(Giambattista della Porta著)にも解説されているので、相当昔から知られたマジックのようです。450年もたったマジックですし、この後に分かる理由のために、ここで種明かしすることをお許しください。

 まずミョウバンをお酢で溶かします(本当に古い解説書だと、オークなどの木からとったタンニンなどの色素を、さらにこの溶液に加えて混ぜろと書いてありますね)。卵の殻の上から、この溶液を使って筆で観客に選ばせたいカードの名前を書き、乾かします。それから卵を普通に茹でで出来上がり(卵の茹で時間も、10分というものから、この著作のように16分が好ましいというものまでマチマチです)。後は卵に残った溶液を拭き取れば完成。
 卵の殻には何の痕跡もありませんが、卵の殻をむくとアラ不思議、ゆで卵の表面にそのカードの名前が浮き出ているという寸法です…うまくいけば、の話ですが(あ、観客にカードを選ばせる方法については、高木先生の名著『カードマジック事典』などをお読みください)。
 亡き父が持っていた本の中で、戦時中スパイがこの方法を使って暗号を密かに送っていたなんていう荒唐無稽な話も読んだ覚えがあり、「何、このカッコイイ方法。やってみたい!」とこのアホな小学生は妄想を膨らませました。

(ちなみに亡き父の趣味の1つが読書でした。父が亡くなり遺品の整理をしていたら、4トントラック2台分の蔵書が出てきて、まあビックリ。確かに本に囲まれた家でしたが、そんなにあるとは家族は皆知りませんでした。結局は懇意にしていた古書店へ売却したのですが、そんなに値段がしなかったことにもビックリしました。この趣味の部分は、確実に息子に受け継がれてしまいました)

 いざ、このマジックを試してみようとすると、無駄に卵を使うので、親に言えば怒られるに決まっています(特に我が家では、食べ物を粗末にすることは死を意味するくらいの重罪でした。料理屋さんでしたから)。
 ある日、親が所用で2日間家を空けることになり、これはしめた!と早速実験に取りかかりました。これくらい簡単に出来るだろうという頭があったからです。それには2つの出来事が絡んでいます。




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 当時、小学館から発売されていた『手品・奇術入門(小学館入門百科シリーズ12)』(引田天功監修、岡田康彦著、小学館刊、1971年)という初心者向けの奇術解説書の中に、「からビンのたまご」という作品が解説されていました。これはマジックというより“不可能物体”の作り方といった方が良いでしょうね。口の細いジュースの瓶の中に、にわとりの卵が入っているのです。もちろん、ビンには一切仕掛けがありません。

 少し前に流行った『酢たまご健康法』 というものがありました(注:大変眉唾ものの民間療法ですので、絶対に試さないでください!)。これと作り方はほぼ変わりません。
 卵をお酢に1週間ほど漬け込みますと、この殻が酢酸の作用によって溶けて、ブヨブヨした卵になるのです。これを慎重に手で細く伸ばし、水の入ったジュースの瓶の口から中に入れ、その後瓶の中から水を出すと、卵は自然に元に近い卵形に戻るのです(実際には奇妙な形の卵なんですが…)。最初は「本当なのか?」と思っていたのですが、実際にやってみたら結構うまく出来たのでビックリしました(当時、お酢の代わりに酢酸を使いました)。うまく出来たので、このビン入りの奇妙な卵を学校の先生に見てもらった覚えがあります。その時先生から「卵の殻には小さな穴が開いていて、多孔質っていうんだ」と教えてもらったことは今も忘れません。
(もう二度とこんなことはしないだろう、と思っていたら、何て事はない、数年前に再びこの実験に直面することになります。それはまた、別の物語)

 同じ頃良く読んでいた本の中に、イギリスのTVプロデューサーで、日本でもNHKで放映された『ポール・ダニエルズ・マジックショー』といった素敵なマジック番組を数々手がけられただけでなく、『Body Magic』や『John Fisher's Book of Magic』、『Never Give a Sucker an even break』など様々なマジックの名著も著した、ジョン・フィッシャー氏による料理本『アリスの国の不思議な料理(原題“Alice's Cook Book”)』(開高道子訳。文化出版社版は1978年、写真の新潮文庫版は1983年。2004年に文化出版社版がベストセラーズ社より復刻されています)がありました。
 この本は、ルイス・キャロル氏の名著『不思議の国のアリス』や『鏡の国のアリス』でお馴染のアリスが、物語の中で出会う奇妙な料理を実際に作ってみようという本です。翻訳も味があって、素敵な本です。レシピ集というよりも、アリスの世界観を楽しむための副読本といった要素が強い本ですね。
(他にも、フィッシャー氏には、ルイス・キャロル氏に関する素敵な著作『キャロル大魔法館(原著:The Magic of Lewis Carrol)』(高山宏訳、河出書房新社刊、1978年)があります。キャロル氏が好んだパズルやマジックなどを絡めた、一風変わった人物伝なのです。マジックやパズルがお好きな方には、お薦めできる本です。今は絶版ですが、多くの図書館などに収蔵されています)

 本当に美味しい料理レシピや、作るとなるとかなり大変な料理レシピ(材料が揃わない!)なども入っていますが、その中に“おしゃれゆで卵”という料理が紹介されていました。
 殻を剥いたゆで卵なのですが、つるりとしたゆで卵の表面に、塀から落ちたハンプティ・ダンプティの様にヒビが入っているように見えるのです。
 作り方は簡単。最初は普通に硬ゆで卵を作って、殻に細かくヒビを入れておきます。次に濃く煮だした紅茶とスパイスの中にこのゆで卵を入れ、1時間くらい弱火でコトコト煮ます。その後、ゆで卵を取りだし殻を剥くと、殻に入ったヒビから紅茶の色素が入り込み、このヒビと同じ模様がつるんとした硬ゆで卵の表面に染み込むのです。これも結構うまく出来るんですよ。着色に食紅なんかを使っても、結構面白かったりして。

 これらの料理とマジックが実際に楽々と成功したことによって、この頭のゆるい小学生は高を括ってしまったのでしょう。「たぶん、お酢が卵の殻を柔らかくすることで液体が透過しやすくするだろうし、ゆで卵の表面に色素が染み込みやすいのは分かった。うん、これは楽勝じゃね?」と思って、意気揚々と実験を開始しました。
 …しかし、これが悪夢の始まりでした。まあ、何度試してもうまくいかない。じゃあ、溶液にインクを加えたら?とか、茹で時間を変えたりとか、卵の殻を紙やすりで削ってみたりとか、いろいろ試したわけです。
 結局、一日で2パックくらいの卵と宿題をするべきだった時間を無駄に費やしてしまうことになりました。翌日、親が帰宅してから当然のごとく「食べ物を粗末にして! なに、しかも宿題もやってないだと!!!」とメチャメチャ怒られてしまいました。



 この悪夢のような実験から数年後。この『世界のトランプ手品』を読んだらば、同じマジックが掲載されているではありませんか! しかし、そこには高木先生の註が書いてありました。

「この調合で何回となく実験を行なったが、うまくいかなかった。これは筆者スカーニの記述ミスか、薬品の邦文名の違いによるものであろうと思われる。そこで原文を紹介しておきます。薬品の調合上でお気づきの点がありましたら訳者までご一報ください」…え?

 今この文章を読み返してみますと、あの大きなお身体でゆで卵を何度も作っていらっしゃる高木先生のお姿を想像して、ちょっとユーモラスに感じます。でも、当時の私は「解説されている方でも出来ないんじゃ、誰にも出来ないんじゃん!」と大変ショックを受けました。



 それから時は流れ、2000年になりました。このころ、同じようにこのマジックに取り憑かれた人々が現れて、このマジックに関する雑誌記事が散見されるようになりました。
 16世紀において「ミョウバン(alum)」という言葉は、現在で言うミョウバンの成分である硫化アルミニウムではなく、本当は硫安(スキー場で使うスノーセメント)を意味している事が分かったり、にわとりに与える餌にカルシウムが多く含まれるようになって、現在と16世紀では卵の殻の厚みが違うなど、新事実が多く明らかになったのです。
 つまり、高木先生の訳が間違っていたのでは決してなく、先ほどの解説した昔ながらの溶液を使っても、今現在入手可能な卵を使えば、確実にうまく行かないのです。

 このマジックに取り憑かれた人々の中には、先日お亡くなりになった作家であり、優れた奇術研究家でもあったシド・フレッシュマン氏がいらっしゃいました(子供向けの著作が多く、特に『The Abracadabra Kid』は名著。ご自身の半生記なのですが、何故マジシャンになりたいのか?という根源を思い返させてくれる本です。最初に読んだときは号泣しました)。そして、奇術専門誌『MAGIC』2000年12月号に面白い記事を寄稿しています。
 氏もすべての現存する方法を試し、揚げ句の果てには科学者に分析まで頼み、結局不可能な現象なんだと結論づけます。そして、氏が考案した実用的な方法を解説しています(これは未読の方のために秘密にしておきましょう)。その方法を読むと、確かにこれが一番現実的な方法だと思います。

 こんなそんなで、今もゆで卵を見るにつけ、この本とゆで卵を使った不思議なカード当て、そして親にこっぴどく叱られた苦い想い出が頭をめぐります。今でも可能ならば、このゆで卵のマジックを現実に演じないまでも、一度でも見てみたいなぁ…と思うのです。
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yuki_the_bookworm  (a.k.a "べたねば")

Author:yuki_the_bookworm (a.k.a "べたねば")
何げない日常の中の、本と料理とマジック。

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